軍艦島クルーズに参加してみた!ダンジョンにワクワク感が止まらねえ!

軍艦島とは?

長崎港の南西にある軍艦島。

この名称は「端島(はしま)」の俗称で、その姿が軍艦に似ているところから名付けられました。

似ている軍艦は「土佐」だといわれています。

この島は石炭が発見されたことから、三菱によって本格的な開発が進められ、日本有数の近代炭坑として栄えました。

 

 

1960年(昭和35年)頃には5,300人ほどの人が住んでおり、パチンコ店・映画館等の娯楽施設から学校・病院等の福利厚生まで一通りの施設が揃っており、「理想郷」ともいわれたことのある島です。

その実情に関しては諸説あり、労働問題や住居問題もあったようですが多くの人が夢を求めて居住し、良質の石炭を産出して日本の近代化に貢献しました。

最終的にはエネルギー源の変化により閉山され、全ての住人が去ることによって無人島になりました。

軍艦島の側には「高島」という島もあります。

軍艦島より古くから炭鉱として栄えていたこともあり、軍艦島の見学と共にぜひとも訪れておきたい場所です。

この島にある北渓井坑は世界遺産にもなっていますので、時間が許せばこの島だけでゆっくりと見学の日程を組むのもいいかもしれません。

 

 

現在の軍艦島

軍艦島は建物の老朽化がすすみ、長らく立ち入り禁止の状態でした。

しかし、近代文明を支えた資料として見学ができるように整備が進められ、2009年(平成21年)に島内の一部に一般の方の上陸ができるようになりました。

2015年(平成27年)に「明治日本の産業革命遺産」としてユネスコ世界遺産に登録されたことからさらに脚光を浴びるようになり、クルージングでのツアーが人気となっています。

 

 

軍艦島の見学方法や注意点

2017年現在、軍艦島は一部ですが整備され、上陸ができる部分が整えられたことで軍艦島への観光客が増えました。

長崎港の船着き場では軍艦島クルーズができるツアー船が運行されるようになりました。

見学をしたい場合はこの軍艦島クルーズツアーを利用すると便利ですし、ガイドさんもいるのでその歴史や見どころをしっかりと満喫することができます。

軍艦島に上陸に関しては色々と細かい規定があり、その規定もクルーズを運航している会社のホームページで確認できますので、必ず目を通しましょう。

ヒールの高い靴や草履が禁止されているのは危険だからとわかりますが、雨傘や日傘を使えないことにはビックリしました。

傘で目を突いたときに処置ができないので危険だからということのようですが、実際に参加するととても不便に感じました。

日中の日差しが強いときは日焼け止め必須ですし、できるだけ帽子を準備したり長袖を着用する等、日焼け対策をしましょう。

また、雨の日はカッパ着用でツアーを行いますし、波の状況によってはクルーズ中にデッキ席まで海水が飛んでくる船もあります。

カッパを持っている人は念のため準備していきましょう。

また、注意事項として4歳以下の子どもは乗船できない記載もあったので、子どもを連れて見学したい場合は予め確認しておきましょう。

軍艦島に上陸する際は誓約書を提出しなければならないので、PCでのダウンロード可能な場合はプリントアウトして、予め作って持っていくとスムーズです。

 

 

いざ、軍艦島クルーズへ!

上陸周遊コースに参加してみた

参加したのは、軍艦島クルーズ株式会社が運行しているクルーズです。

この会社の船は「ブラックダイヤモンド号」。

全体的に黒い船はなかなか見られない上に赤の配色と相まって、遠目からでもブラックダイヤモンド号だとわかります。

決め手になったのは「上陸周遊コース」。

ブラックダイヤモンド号では上陸周遊コースと周遊コースがありますが、上陸コースは軍艦島だけでなく高島にも上陸できるので、こちらを選びました。

 

高島に上陸!

高島に上陸すると、「高島石炭資料館」を見ることができます。

この資料館は2004年(平成16年)に改修工事を行い、展示方法が変更されてリニューアルオープンされました。

ここでは当時採掘に使われていた道具や機器が展示されており、写真や資料でも当時の様子を知ることができました。

資料館前の広場には軍艦島の模型が展示されていて、これからクルーズで訪れる軍艦島の前知識を得ることができます。

この模型のおかげで、島内のどこに上陸できるのか、上陸できない場所がどのようになっているのかがわかるのでとても助かりました。

ただ、ツアーの工程上ここには20〜30分ほどしか滞在できなかったので、できればもう少しゆっくり見たかったというのが本音です。

 

軍艦島に上陸

いよいよ軍艦島に近づくと、不思議な雰囲気で目が離せなくなります。

本当に軍艦に似ていて、でも近づいたらたくさんの建物が並んでいて、全て廃墟なので遠目でも独特の空気が漂います。

長崎旅行で軍艦島へ行きました。 #軍艦島 #廃墟

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軍艦島は波が高いと上陸できないと条例で決まっているのですが、この日は無事に上陸可能でした。

桟橋に降りて見学場まで歩き、ガイドさんが色々な説明をしてくれます。

軍艦島内では見学場が三か所整備されていて、各見学場で見える建物やそれにまつわる説明を聞くことができます。

 

一番印象に残ったのは第三堅坑捲座跡鉱員住宅です。

堅坑とは鉱員の昇降や石炭のの荷揚げ、通気口等の役割を担う垂直に掘られた穴で、捲座はケージを昇降させる巻揚機のある施設のことです。

第三堅坑捲座はレンガづくりで赤色のため、廃墟の中でも特に目を引きます。

竪坑の廃坑後はしばらく資材事務所として使われていたそうです。

建物内には共同浴場もあり、炭坑から戻ってきた鉱員の方が汚れを落として帰る憩いの場だったとか。

基本的に水資源に乏しかったため各家庭にお風呂がなく、お湯は海水の共同浴場を利用していたそうです。

この竪坑の中を鉱員の人たちが降りて行って作業をしていたのだなと、当時の活気と裏腹な危険と隣り合わせの仕事に思いを馳せてしまいます。

鉱員住宅は日本最古(1916年:大正5年)に建てられた鉄筋コンクリートのアパートで、30号棟と呼ばれています。

窓ガラスが抜けているものの崩落しておらず、現在も建物全体の形を留めていました。

建築学上も貴重な建物ということですが、今後倒壊の危険が極めて高いといわれていて、保存計画案からも外されました。

このような建物に島全体で5000人以上の人が住んでいたのかと思うと、思わず中に入って部屋の広さや隣人との距離を確かめてみたくなります。

30号棟のような鉄筋コンクリートの集合住宅は島の発展に合わせて次々と建てられていき、その年代によって少しずつ様式が異なっているそうです。

島全体を歩くことができればそれも間近で確認できるかもしれませんが、お話で聞くだけなのが残念でもあります。

また、島内には水資源がなく、海底水道が完成するまでが大変だったことを思うと、水に困ってもこの島が暮らしやすくて移住を考えなかった最盛期の盛り上がりに思いを馳せることができました。

軍艦島に上陸していたのは50分程度で、できればもう少し長く滞在したかったなと思いました。

ちなみに、上陸できなかった場合は上陸料が返金される仕組みになっていますので、チケットをなくさないようにしましょう。

 

 

軍艦島のまとめ

ツアー会社によっては当時実際に住んでいた方がガイドをしてくださることもあるようです。

実際の話を深く聞き、資料では分からない軍艦島を知ることができるかもしれません。

ツアー会社を選ぶ時は、自分がどこにポイントを置いたツアーがしたいのかで選ぶとよいかもしれませんね。

また、軍艦島は劣化が激しく、その景観を維持するためには莫大な資金が必要です。

もし軍艦島を訪れて、この景観を残したいと思ったら募金やふるさと納税で応援してみてくださいね。

 

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